2005/06/19より

 唐突に、昔ジョイン・ヨーレンの長編「光と闇の姉妹」「白い女神」の2冊を読んだときの、fantasyの「ファ」の字もよくわからないまま、ただひたすら読んだ、あるいは引き込まれたことを思い出す。fantasy自体の定義は今もよくわからないのですが、物語そのものが『物語られる』何かであり、その中には物語を動かす何かが漠然としてではあるが確かに存在する、といったイメージを持っている。「その何か」とは異世界であり、登場人物たちであり、物語は成長あるいは崩壊の過程である。そこに異なる法則といったシステムを持ち込むことで一つの物語としての体裁を成している。

 

 そう考えるとほとんど「何か」が起こらないと物語りが始まらない。小説が常にこの「何か」を求めることを渇望しているひとを対象としたものである限り。別の世界に吸い込まれるのは容易い、けれどそこで自分の位置、居場所を作るにはどうすればよいのか。そして、何がしたいのか、というかむしろ何をするのか。『突然の何か』は、本当は突然来るもので、ページの向こう側にはないのかもしれない。